やんものちゃりんこ

はね男

「一緒に自転車泥棒を捕まえないか?」

友人のやんもが僕に言った。

伊坂幸太郎の小説の書き出しでありそうなセリフである。

ただ、やんもと僕の物語に伏線回収があるわけでなく、登場人物の人生が複雑に絡み合うようなこともなかった。

あれは高校1年生の冬の夜のこと。

僕は野球部の練習を終えて自転車置き場に向かっていた。

この後、英語の塾に行かなければならない僕の足取りは重かった。

するとバスケ部で同級生のやんも(名字は山本)が自転車置き場で立ち尽くしていた。

どうやら自転車を盗まれたらしい。

そして、やんもの口からブログ冒頭のセリフが放たれた。

「一緒に自転車泥棒を捕まえないか?」

やんも曰く、犯人の目星はついているとのこと。

僕たちが通う高校の隣には定時制高校があった。

犯人はその定時制高校の生徒に違いないと言うのである。

やんもが、バスケ部の練習で外周を走っている時に、自転車置き場の所でたむろする定時制高校のヤンキーを見たとのこと。

「犯人は必ず帰ってくる」

やんもの推理では、今は定時制高校の休憩時間であり、やんもの自転車でどこかに買い物に行っているはずだと。

ただ、一人で立ち向かうのは心細い。

お前は何もしなくてもいいから後ろに居てほしいとのこと。

やんもの目は闘う男の目になっていた。

こんな覚悟を決めた男の申し出を断ることなんかできるわけがなく、僕は塾をサボってやんもと自転車泥棒が帰ってくるのを待った。

寒空の下、付き合うことになった僕にやんもは缶コーヒーを奢ってくれた。

自転車泥棒を待つ間、やんもと色んな話をした

部活のこと、好き人のこと、あと、どうでもいい話。

なかでも、今でも時おり思いだすやんもの話は、

「小学校の時、プールの水中でうんこ漏らしたやつがいた。そのうんこを見たら周辺がオーラのように揺れていた。うんこのエキスが溶け出していたんだ。

どうしたと思う?

俺は、危ないと思って離れた」

である。

もう、震えるぐらいどうでもいい話である。

小一時間ぐらい、寒空の下で過ごした後

隣のやんもの息を呑む音が聞こえた。

やんもの方を見ると、やんもの目はカッと見開いていた。

僕にも緊張が走る。自転車泥棒が戻ってきた?

しかし、いくら辺りを見回しても、自転車泥棒らしき人影はなかった。

その時、やんもの口から、信じられない言葉が発せられた。

「…俺、今日、お母さんに車で送ってもらってたわ…朝遅刻しそうだったから」

僕はすぐにこの言葉の意味を理解できなかった。

「オレキョウオカァサンニクルマデオクッテモラッテタ??」

ん?? ん?? ん??

フリーズしている僕をよそに、やんもは公衆電話でお母さんにお迎えのお願いの電話をかけに行った。

「あ、お母さん? 終わったから迎えきて。 晩御飯なに?」

とでも言っているのであろうやんもの後ろ姿をただ茫然と見つめる僕。

「アイツジテンシャデキテナイ。アイツジテンシャデキテナイ」

電話から終わった後、僕の所に来て

「すまんかったな。そういうことで、ん、じゃぁ、どうぞ!!」

張り切ってどうぞ!!とばかり、僕に帰宅を促すやんも。

でも僕はまだ帰れない。だって塾が終わる時間じゃないんだもん。

この時間に帰ったら、塾サボったのバレるじゃん。

「そいつは困ったね。でも、お母さんに迎え頼んじゃった」
と純粋な目で僕を見つめるやんも。

「わかったよ。先に帰るがいい。ただ、お願いがあるんだ。やんも。僕だけじゃなく、定時制のヤンキーにも謝ってくれ」
とお願いをした僕。

僕のお願いを聞いたやんもは
定時制高校の校舎に向けて深々と頭を下げていた。

お母さんの車で帰るやんもを見送った僕は
家に辿り着く時間を調整するために
ゆっくりと自転車を漕いで帰った。
「うんこのオーラってなんやねん」

冬になると思い出す、高校時代の思い出話でした。

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